生徒はやがて諦めた 校則のあり方とは
雪の降る朝。寒いので防寒着を着て登校するという当たり前のことが認められなかった生徒。
ルールを変えるために話し合いをしたいと動きましたが、先生たちの反応は想像していたものと大きく異なりました。
「先生の立場からしたらノーコメント」
生徒の思いはやがて諦めに変わりました。これは「中学校の校則」をめぐる話です。
(広島放送局記者 重田八輝)
厳しい寒さ 校則でジャンパー認めず
1月25日。私(記者)は朝、分厚いダウンを着て、スノーブーツを履き、職場に向かいました。
広島はこの冬一番の強い寒気が流れ込んで大雪となる予想で、厳しい寒さになるとわかっていたからです。数日前から報道各社のニュースで何度も報じられていました。
まわりを見ると厚手の上着を着た人たちが慎重に雪道を歩く姿が。広島市の最低気温はマイナス4.2度、最高気温は3.1度を観測していました。
そんな日に、広島市立の中学校で、校則をめぐってある出来事が起きていました。
2年生の男子生徒がジャンパーを着て登校したところ、校門で先生に呼び止められました。そして校則にあたる生徒指導規程に基づき「ジャンパーを着てこないよう」指導を受けたのです。
生徒はジャンパーを脱ぎ、下校する際も着ませんでした。翌日、生徒は発熱。その後に回復したものの、1週間ほど学校を休みました。
生徒指導規程には、次のように書かれていました。
防寒着(寒い時は着てもよい)
(1)セーター・カーディガン(袖、裾から出ないようにすること)男女とも色は白・紺・黒・グレーの無地
(2)マフラー・手袋・ネックウォマー(校内では着用しない)
ジャンパーやコートの記載はありません。2月上旬、学校側に話を聞くと「認めていない」という答えでした。
広島市立の中学校
「学校のルールは、子どもの安全や安心のために守る必要がある。現時点では、病気などの個別な理由を除き、認めている防寒着で寒さに対応できると考えている」
あんなに寒かった日になぜなのか。子どもの健康よりも大事なルールとは、誰のため、何のためにあるのか、疑問に感じました
冬でも半ズボン
広島県内では冬でも、小学生が半ズボンの制服で登校する姿があります。
県内にある複数の小学校の今年度の校則を見てみると「冬季もなるべく半ズボンやスカートですごしましょう」「長ズボンを着用してもよい。ただし校舎内では半ズボン、スカートをはいて過ごす」「風邪等で校舎内でも長ズボンやタイツ等を着用したいときは、保護者が担任に連絡をする」などと記されていました。
ある市立中学校では、防寒着としてウインドブレーカーは認めているものの、コートやジャンパーは禁止と校則に書かれていました。
ほかの学校はどうなのか。校則を調べてみて、驚きました。服装、髪型、所持品など事細かにさまざまなことが決められていたのです。
「髪型等《女子》結ぶ場所は、頭の上や横でなく、耳の真下で2つに結ぶ又は耳のラインより下で1つに結ぶ。ポニーテールやツインテールにしない。一般的な三つ編みの場合は、三つ編みの最後で結ぶ。まとめ髪やおだんごをつくったりしてはいけない」
「カーディガンは禁止。タイツは80デニール」
「セーターだけで校内を歩いてはいけない。規律や生活の乱れにつながる恐れがある」
呉市立中学校の校則の中には、身だしなみに違反があった場合に「一度帰宅し、きちんとして登校させる」などと記載しているケースもありました。
広島県教育委員会は学ぶ機会が損なわれるため、校則違反があっても「帰宅させることはできない」と明確にしています。呉市教育委員会は早急に校則を見直すとコメントしました。
“話し合いたい” やがて諦めに
1月25日にジャンパーを着てこないよう指導された広島市の中学生。
2月上旬に再び登校し始めてすぐ、先生たちに対して紙を手渡していました。
- 生徒が渡した紙 -
「生徒と先生でも子供と大人でも、人間であることに変わりは有りません。僕たちも寒いのです。何故僕たちにはジャンパーを着る権利はないのでしょうか?」
ルールについて話し合いたい。
そう思って紙を渡したあと「ジャンパーを着ることについて賛成か反対か」を先生たちに尋ねました。その結果、1人の先生は「別に着てきてもいいのでは」と答えましたが、ほとんどが「先生の立場からしたらノーコメント」「その他」などの返事だったといいます。
生徒は「話し合うことすらできず、思っていた反応と違う」と思い始めました。そして途中から諦めたと話しました。
取材に対し、悲しそうな顔をして中学生が口にした「諦め」という言葉。とてつもなく重いものに感じました。
疑問を感じても 現場の閉塞感
「かつて学校が“荒れていた”ときに作られた校則が残っていて、当時は学校の平穏のために厳しくする必要があったのではないでしょうか。なぜ今もこんな校則があるのかと言われても説明できないケースが多く『ルールはルールだから』としか言えないのはつらいときもあります」
「例えば、私たちが小学生のときは半ズボンをはくことが当たり前で、そこに何の疑問もありませんでした。そうしたルールを変えようとすると、当たり前に慣れた地域の人たちからのクレームに対応できるよう理論武装が必要になります。少し変えるだけでもかなりのエネルギーが必要で、自分たちが赴任している間にはやりたくないという気持ちもわかります」
「コートを着てはいけないなどの校則はおかしい。説明できていないと思っている先生はたくさんいますよ。ただ、例えば身なりが少しでも崩れていると地域の方々から何か言われるのが怖いし、一部の先生には『昔から続いてきたことが当たり前』という考えも根付いていると思います。正直、多忙で多くの業務を抱える中、そういった提案をする雰囲気でもなく、少しずつ変えていくしかないんでしょうかね」
“言っても変わらない”
NHKがジャンパーの着用を認めなかったことについてニュースで報じたあと、2月中旬になって、中学校はルールを緩和しました。
「セーターやマフラーなどの防寒対策を行ってもお子様の健康に影響があると保護者が判断される場合には、当分の間、制服の上にウインドブレーカーなどの上着の着用を認めます」
としたのです。
理由は「これから寒くなる可能性もあり、生徒の健康を考えた」とのことです。生徒は「やっと考えてくれたんだな」という受け止めでした。ただ、生徒たちの中にはいまだ「言っても変わらないという雰囲気、言っても無駄だという雰囲気がある」とも話していました。
“発言したら思いが伝わった”
本当に校則を変えることは難しいのか。生徒が主体的に取り組んでいる学校があると聞きました。その1つ、広島市安佐南区にある市立中学校です。
この学校では来年度から、校則を変えます。そのうちの1つが「セーター」です。これまではVネックを着ることになっていました。制服にネクタイがあったためです。3年前からネクタイがなくなり、丸首でもカーディガンでもOKとしました。経済的負担を減らすことにもつながります。
校則を変えることができた、その過程を聞きました。
(1)全校生徒に「校則で何を変えたいか」アンケート。
(2)生徒会がアンケート結果を精査し教職員に説明。
(3)教職員の指摘を踏まえた案を校内放送で全校生徒に伝える。
(4)クラスごとに賛否の多数決を取り、賛成のクラス数が過半数を超えて改正に。
大事にしたのは、▽生徒主体で考えること、▽なぜ変える必要があるのか背景や理由を説明できることだったといいます。
広島市立の中学校 校長
「これまでも随時、校則の見直しを行ってきましたが、教員サイドで決めてきたものでした。生徒主体で考え、議論し、決めていくという経験が将来生きてほしいと思って始めましたが、生徒の中には『発言したら思いが伝わった。どんどん話してみたい』という声もありました。今後も取り組み続けていきます」
「行動すれば変わる経験を」
「こういったものは取材ではなく公開ディベートで決めるべきだと思います。みんな表でどんどん議論しよう」
NHKのニュースに対するツイートの1つです。
書いたのは為末大さん。オリンピックに3大会連続で出場した元陸上選手で、高校までを広島で過ごしました。為末さんはスポーツとも密接に関わるルールについて考えてきました。この言葉に込めた思いをインタビューで聞きました。
- 為末大さん -
為末大さん
「一番思っていたことは、どうして日本ではルールを変えられるという発想があまり生まれないんだろうかということですね。ルールに従っているけど、なぜ従っているのか、よく分からないという人もいるんじゃないかと思います。その一番根っこのところに中・高時代の校則みたいなものがあるんじゃないかと思うんです」
引退後、子どもたちに陸上の楽しさを伝える取り組みを続けている為末さん。
若い頃から「行動すれば変わる経験」を得ることが大事だと指摘します。
為末大さん
「日本の子どもと、アメリカなど海外の子どもにスポーツを教えたときに、ルールのことを話すんです。日本の子どもたちの一番象徴的な点は、コーチに最初に『何をやっていいんですか』と聞くんですね。ほとんどの国では『何はやっちゃいけないんですか』と聞くんですね。これは全然違うことで、つまり許可された範囲を生きていくのか、自由が基本で許可されてない部分がある中で生きていくのかで、もう広がり方が全然違うわけですね。ずっと許可を求めて行動していくということは、世界の広がり方も人生の進み方も、なんなら時には『自分の人生はどこまでやっていいですか』と聞いてしまうようなものなんで、これは決定的に不利だと思いますね。ただ、日本の教育は全て問題だとは思わなくて、8割方すばらしいと思います。残りの2割は、ちゃんと自分の意見を言ってリスクをとって何か変えてみようということをやって、実際に言えば変わるんだと、行動すれば変わるんだという体験をすること。その体験をもとに社会に出てもみんなで社会を変えていこうとなること。スポーツにおいても、それを超えてでも大事なことだなと思います。動けば変わるという経験を、とにかく教育プロセスで1回でも体験するべきだと思います」
安心して発言できる環境を
文部科学省は去年12月に生徒指導の手引きを改訂しました。
校則については学校のホームページなどで公開し、制定の背景や見直しの手続きも示すことが適切だとしたほか、マイナスの影響を受ける児童や生徒がいないかなどについて検証し、絶えず見直しを行うことが求められるとしています。
子どもたちを守るために本当に必要なルールは何か、議論が進むことを期待していますが、生徒が何かまわりと違うことを言うと、校内で浮いてしまうのではないか、最悪のケースで、いじめや不登校につながるのではないかと話す先生もいました。
常に求められるのは「安心して発言できる環境をつくること」です。
先生たちと話し合いたいと思ったのにかなわず、やがて諦めた中学生。将来を担う若者が対話を諦めることがないよう、私たちも地域の一員として、大人として、真剣に向き合わなければいけないと思います。
リンク:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230303/k10013995771000.html